2009年9月29日(火)18時30分から21時
テーマ:「ポスト株主資本主義時代の日本的経営
― 『ポスト株主資本主義』研究会に参加して」
講 師:国立大学法人和歌山大学経済学部ビジネスマネジメント学科教授
吉村典久先生
参加者16名
講師略歴
学習院大学経済学部卒業
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了
94年、和歌山大学経済学部に赴任
昨年秋のリーマンショック後の経済危機の中で、これまでの株主重視の経営が見直されるとともに、
新しい経営理念に対する模索が始まっている時でもあり、まさにタイムリーな企画であった。

講義内容
日本の今後の企業経営のあり方を考えようということで、経産省と経団連が音頭を取ってシンクタンク
として設立された(財)企業活力研究所での研究会に参加した。この研究会では、基本的に金融企業を
研究の対象から除外し、製造業を中心にした経営について考えていくことにしている。
歴史的に見ると、バブル崩壊によって“日本型経営”といわれる終身雇用をベースに、研究開発を重視
した経営方式が行き詰まった。収益構造の改善のため、過剰雇用、過剰設備の処理が迫られ、新たな
経営戦略が模索された。
一方、市場原理をベースに経営改革を進めた米国の方式が「高収益を挙げている」ということで注目された。
さらに、経済のグローバル化とともに、米国などからの資本投資も活発になり、株主へのリターンを重視
した経営が求められるようになった。しかし、米国発の深刻な金融危機が世界経済を一撃、日本でも米国
型の株主重視の経営についての反省の声が高まり、新しい経営理念の構築が求められている。
ここで、改めて企業とは何かを考えることが重要となっている。90年代からは米国型経営方式を取り入れる
企業が増加したが、その考え方は「第一に株主が利益を得る」という“株主用具観”であった。
しかし、「企業は社会の公器」(松下幸之助)であり、企業は株主だけでなく従業員や納入業者や販売業者、
地域社会など多様な利害関係者に支えられ、成り立っているともいえる。
「いつ収益が回収できるのか分からないのに多目的に投資をしているから収益が上がらない」と、バブル
崩壊時期に批判された考え方も、「新規事業を立ち上げるための種をまいている」ともいえる。
米国の製造業は短期的な収益を重視するあまりに、必要な設備投資さえ行わなかったために国際競争力を
低下させていった。
今治造船はあの不況期に果敢に設備投資を行ったことが、今の元気の源となっている。
日本企業の良さである“高い品質の商品、サービス”を提供し、競争力を高める上で欠かせないのは
“人材の育成”である。使い捨ての非正規労働者が増え、社会問題となっているが、人材の育成という課題
と非正規労働者の受け入れとは相反する。
日本電産では従業員に整理整頓を徹底させ、職場の掃除をきっちりとさせていることが、高品質の商品を
生産できる源とされている。これについては今後、もっと学問的に研究することが必要だが、日本企業の
競争力は日本独特の制度や文化によって支えられてきたことを自覚すべきだ。
さらに、新たな観点からの株式の持ち合いも必要だ。90年代の危機の中で“株式の持ち合い解消”が進められ
たが、それが投資ファンドなどにつけ込まれ、一部の企業では経営の混乱を招いた原因とされている。
同時に、従業員が経営をチェックできるように、従業員の持ち株制度を充実させることも必要だろう。
また、1株に1議決権といったこれまでの株主総会のあり方も再検討されるべき時期に来ている。
質疑応答
(Q) 日本独特の制度や文化をベースとすべきだということですが、グローバル時代に、グローバルに資金
を導入する必要があるのではないでしょうか。
(A) グローバルに資金を導入する必要はある。ただし、資金の出し手の多様性に、もっと注目すべきでは
なかろうか。米国の投資家と欧州のそれでは、企業経営に対する考え方が異なる。短期的なリターン
を得る目的でグローバルに資金が動いているが、そうした資金の導入については警戒を要するのでは
ないかと思う。
(Q) 金融資本の力が強く、製造業がつぶされる可能性もある。それをどう規制するかも課題だと考えるのですが
(A) グローバル金融企業の短期的な株式の所有というものを規制する必要がある。
(Q) 日本企業をどう定義するかですが、技術優位企業もグローバルな競争の中で競争力を失っていくことも
考えられる。太陽電池では日本企業はビッグスリーに入っていない。
(A) いくつかの企業が過当競争しているという現実もみなければならない。統制経済ではないが、世界市場で
勝っていくためには互いに強調し、優位産業を創っていく努力が必要だ。
(Q) 自由貿易の中では、日本の論理だけで生き残るのは難しいのではないでしょうか。
(A) 長期的な、マクロの観点からは分析すべき課題はあると考える。しかし、中期的なスパンでは日本経済
を荒廃させた株主中心の経営ではなく、人材を大事にする経営を柱にすべきだと考える。
以上
報告:林 恵造(10期)

今回、吉村先生が参加された、研究会のメンバーは以下の通りで、素晴らしい報告書も提出された。
我が母校の先生がこの委員としてご活躍されたことは、誇りである。
「ポスト株主資本主義」研究会の主要メンバー(発足08年8月)
<議長>
加護野忠男 (神戸大学大学院経営学研究科教授)
中谷巌 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 理事長)
<委員>
小島明 (社団法人日本経済研究センター 特別顧問)
瀧澤弘和 (多摩大学 グローバルスタディーズ学部准教授)
藤本隆宏 (東京大学大学院経済学研究科教授)
舩橋晴雄 (シリウス・インスティテュート株式会社 代表取締役)
吉田耕作 (ジョイ・オブ・ワーク推進協会理事長、カリフォルニア州立大学名誉教授)
吉村典久 (和歌山大学経済学部 ビジネスマネジメント学科 教授)
今回の提言の大きなポイントは、
1.現状評価
・米国型グローバル経営とは何だったのか
・日本企業による米国型追従を批判?
2.これからの日本企業はどうあるべきか
(1)日本企業の競争力は、日本独特の制度や文化によって支えられてきた
(2)経済社会システムについても日本独自のあり方を模索する必要がある
(3)日本企業は長期エンゲージメントと多元的ガバナンスを核とした組織であるべき
①日本企業のガバナンス
・基本的な会社観―「株主用具観」からの脱却、多元的な会社観へ
・短期的な視点からの脱却、J-SOX(コンプライアンス制度)や四半期決算制度の見直し
・長期的成長戦略を担保する長期安定的保有株主を求めて
*新たな姿の「持ち合い」、新たな姿の「従業員持ち株制度」、日本版複数議決権制度の導入
②日本企業の人材と技術
・人材
*正規・非正規社員間格差への対応、成果主義の見直し、組織内のコミュニティでたたえ合う仕掛け
・技術
*擦り合わせ型技術をベースとする、製品アーキテクチャーのポジショニングで競争優位を、長期スパン
の研究開発と社外のとの連携、企業間コンソーシアムを通じた競争力の発展・向上、産業育成に関する
政策面でのバックアップ
です。
会場からは、
金融資本や産業資本、流通資本の立場での議論の違いやコンサルタントと実務面の温度差、日本の生産技術
などの技術者にもスポットライトを当てた研究活動も是非行って欲しいとの意見も出ました。
吉村先生、大変お忙しいところ人生塾のために興味深い資料やスライドをご準備いただき、興味深い講義
を本当にありがとうございました。
これからの研究活動にも多いに期待しております。
著書:『
部長の経営学 (ちくま新書)
』ちくま新書版 2008年
『
日本の企業統治―神話と実態 (日本の“現代”)
』NTT出版 2007年
『
取引制度から読みとく現代企業 (有斐閣アルマ)
』(共著)有斐閣アルマ 2008年
『
1からの経営学
』(共編著)中央経済社 2006年
『コーポレート・ガバナンスの経営学』(共著)有斐閣、近刊
アマゾンで探す「ミドルが経営を変える」との連載をされております。
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/kw/middlelayer.html 文責:塾長 渡邊 豊(33期)