中堅中小企業のM&A仲介(ハッピーM&A)のことならおまかせください! 小柴学司(大39期)    株式会社山本進重郎商店のホームページです。 山本 進三(経済学部 産業工学科 39期)    大和紙料㈱ 機密書類の溶解処理からリサイクルへ、古紙のリサイクル。環境に優しく 矢倉 義弘(大6)   株式会社トヨコン  総合物流サービス業  明石忠男 (大4期)   「あら川の桃」ご案内 本多康重(17期)

平成19年度3月度イキイキ人生塾

        2007年3月14日(水)18:30~21:00

     テーマ:「藪か名医か?-我、難病をかく克服せり!-」

      講師:小林 俊雄さん(大学8期)
           大阪府出身
           天王寺商高を経て、昭和35年和歌山大学経済学部卒業
           松下電工入社、平成9年同社定年退職
           クラブ:ホッケー部(主将) ゼミ:桜井ゼミ
           趣味:ゴルフ(ハンデイ11)


 人生塾ではじめて小林さんにお目にかかったのですが、タイトル-我、難病をかく克服せり-か
ら想像していたしていた方とはことなり、快活でしかも体格は筋肉質で、さすがホッケー部の主将
を務めたことのある方だなぁと感じたのが第一印象でした。

 小林さんは、入社後25歳の時盲腸の手術が手遅れとなり腹膜炎を併発、それが原因(?)で3
6歳の時病気が発症した。小林さんにとっては忘れもしない日<昭和47年10月31日>、ゴル
フの帰り泉砂川で、頭痛が起きた。これが全ての始まりで、当初偏頭痛といわれそしてお住まいの
枚方近在の有名病院、松下病院、厚生年金病院、京大付属病院、関西医大病院を転々、ついた病名
が結局三叉神経痛・自律神経失調症であった。原因が分からないからつけた名前が「神経痛・失調
症」なのである・・・という小林さんは言う。何しろその痛さは想像を絶するそうで、「耳から割
り箸を突っ込んで頭が割れるような、歯の付け根が迄ぐしゃぐしゃになるような地獄(人生塾実行
委員長 中井健夫さんが聞き取りしての表現)」で、何度、命を絶とうとしたか分からないそうだ。

 転機となったのが、八尾在住の甲田光雄先生との出会いだ。最初の診察で手のひらでお腹を触っ
て「腹がぐちゃぐちゃじゃないか」といわれたそうだ。「頭が痛いのに、何故腹と関係があるのだ」
と思ったそうだが、4つの病院を転々とするも対処療法もなく、藁をも掴む思いで甲田先生にすが
った。そこでしたのが「断食」、まずはリンゴ断食から。最初は3日でダウン、ドクターストップ!
断食に耐えうる体力がなかったからだ。やがて医者の指示通りおこない1週間の断食ができるよう
になる、体重が73kg→43㎏になったそうだ。
 
 やがて劇的なことが2つ起こった。ひとつは、「電気ショックがかかったようになった」、これ
は腹膜炎の後遺症の「腸の癒着」がはずれたためとおもわれると小林さんは言う。もうひとつは昭
和48年の暮、「腹の底が抜けたほど便が出た」そうだ。ゴテゴテに固まった黒い便がガバッと出
たのである。そうして翌年(?)4月、2年間の会社休職であったが復帰をはたすことになる。

 病になるまでの小林さんは、体力に任せてどんどん食べ飲み、仕事もガンガンしたタイプであっ
たらしい。いわばその暴飲暴食がたたったのかもしれない。後で考えると原因は腹膜炎かもしれと
いっておられたが、腹膜炎を併発した盲腸の時も出張中で薬で散らして仕事をしていた程だったそ
うだ。自殺を何度も考えたが、思いとどまったのは「親とまだ小さい子供」であった、病にかかっ
たときはまだ若かったので妻はひとりでも生きていけるかもしれないが「親と子供」だけは「自分
がいなければ」と思ったそうだ。「親と子供により、自殺から救われた」と言われた。

 病を得て、本当に沢山本を読みいろんな事を勉強したと言っておられましたが、お話の中での言
葉の端々にそれらがポンポン飛び出して来ました。その幾つかを紹介します。
 (1)「体質改善は非合理にある」・・・体質の改善には一見体にとって非合理とおもわれる
    ようなことをしなければならない。逆療法や断食のことを指している。
 (2)「煩悩即菩提である」・・・煩悩(暴飲暴食など)が原因で病になり、その病のお陰で悟
    りがひらけた。      
 (3)「症状即療法」・・・甲田先生の病院に掛かっていたそうです。
 (4)食律、食育・・・食事の大切さ 食品公害には強い怒りを持っておられると感じました。
 (5)自分を骨格のしっかりした身に産んでくれた親に感謝している。
 (6)趣味のゴルフのハンデイについて・・・「光るもののないシングル(の人)はかわいそう
    だ」
 
 病を克服してからの人生は「余りの人生、もうけの人生」といっておらる。医者から頼まれて自
分の体験を話すことなどで随分「人助け」をしてきたそうだ。今は、奥様とともに甲田先生の「全
国健康むら21ネット」の事務局のお世話をしておられる。

 私事で恐縮ですが、私も42歳の時心筋梗塞になり1年間休職いたしました。小林さんの話はひ
とごととは思えませんでした。「会社なんてどうでもいいと思った」と言っておられましたが、病
を治してからの自分の気持ちの整理が大変だったのではなかったかと想像しています。人生観・仕
事観・人間観などの全ての面での価値観を根本から変えなければ生きていけなかったのではないか
と思います。人並み以上の体力をもち何事にもガンガン取り組む自称「いらち人間」の小林さんに
とっては、病克服後の「人生のスタンス」のとりかたの探求が病克服と同様「大難事」であったと
思います。それを立派に克服されたこそ、今の実に「溌剌としたさわやかな」小林さんがあるよう
に思いました。

 体験から出たお話に、参加者全員感銘を受けられたのではないかと思います。
 小林さん、本当にありがとうございました。 


                                報告:浦 義弘(17期)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール
このページをお気に入りに登録


kourokai

  • Author:kourokai
  • 柑芦会大阪支部ブログへようこそ!
メールフォーム

こちらからお願いいたします。↓↓↓

http://www.kourokai.com/FormMail/mail/FormMail.html

最近の記事
カテゴリー
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
RSSフィード
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
フリーエリア
ブログ内検索
リンク

http://www.ibs-japan.net/